【啓発】STOP!「かわいそう」プロジェクト その①

お役立ち情報

前回アップした記事ですが、とても反響が多く、InstagramのコメントやDMでたくさんの共感メッセージをいただきました。前回の記事はこちら。

やはりかなり多くの方が「かわいそう」に苦しめられていると感じました。特に闘病中のお子さん、そのご家族、現在病気や障がいとともに生きている人などを中心に。

そこで【STOP!「かわいそう」プロジェクト】と名付けて啓発していきたいと思います。
進めていくにあたってどうしていったらよいか手探り状態です。今後の参考にさせていただきますので、コメント欄にご意見色々と頂けたらありがたいです。よろしくお願いいたします。

「かわいそう」とは? いけない事なのか

なぜ「かわいそう」をSTOP!しなければならないのか。

「A.言われて傷つく人が居るから」それだけでも十分なのですが、論理的に考えて見たいと思います。

なぜ「かわいそう」と言葉をかけてしまうのか。

「かわいそう」と言葉にすること、思うことすらいけない事なのでしょうか。

「かわいそう」の意味

「かわいそう」の意味を調べると、「みじめな状態にある人に対して、同情せずにいられない気持であること。ふびんなさま。」とあります。
これ言われて嬉しい人いますか?

その他には「弱い立場にあるものに同情を寄せ、その不幸な状態から救ってやりたいと思うさま」というのもありました。これの方がまだ少し良いですが、それでもこのままを伝えられたら、「いえ結構です。お構いなく。」とお断りしたくなりますね。

類語を見ると「気の毒、不憫、憐れ、惨め、情けない、涙ぐましい、無惨」
関連語は「同情すべき、同情の気持ち、慈悲、心寄せ、やりきれない思い」

何とも言えない気持ちになりますね。こんなことを投げかけられて嬉しい人はいるのでしょうか。
関連語の中の「慈悲」とか「心寄せ」はそれ単体で見れば良いイメージの言葉ですが、その他の言葉が辛いです。この場合の「慈悲」も上から目線ぽくて微妙ですが。

ではやっぱり「かわいそう」という言葉は人に言ってはいけない、思ってもいけない言葉なのでしょうか。

ネットで「かわいそう」と検索すると「かわいそうと思うことによって(同情せずにはいられない気持ちによって)、その後その人を助けようと行動する原動力になるんだから『かわいそう』と思うこと自体は良いのではないか」という「かわいそう擁護派」が見受けられます。

同情と共感

では思うこと自体は良いのでしょうか。私は思うこと自体良くないと思っています。

上に載せた「かわいそうと思うことによってその人を助ける原動力になる」というのも、本来なら「困っているから助ける」というその人の気持ちを理解する【共感】によって行動できれば良い話です。障がいや病気があってかわいそうだからという【同情】によって助けられるというのは嫌なものです(助けられた側は言われない限り気づかないかもしれませんが)。

同情は相手と同じ気持ちになることですが、自分の過去の経験や知識から判断した相手の気持ちであって、あくまでも自分目線です。さらに相手を憐れむ気持ちが入り、自分から相手へ一方通行です。
共感は相手の気持ちを理解することですが、自分の経験や知識は関係なく、相手目線で考えることで、どちらも同じ気持ちになったと、お互いが理解して初めて共感です。

だから同情されるとたいがい嫌な気持ちになり、共感されると嬉しい気持ちになるんですね。

「かわいそう」と言ってしまう原因 それは共感が足らない

「かわいそう」と思った時、すでに共感ではなく同情なので、相手の気持ちを知ろうとするのをやめて、一方的な”決めつけ”が始まります。「歩けなくて不幸」「話せなくて不幸」「病気になって不幸」「短い人生で不幸」と。

「かわいそう」という烙印を押した後思うのは自分のこと。
「この人は不幸だから優しい言葉をかけてあげなくちゃ」と考えるけど、その相手が本当はなんて声かけてもらったら嬉しいかは分からないので、思っているままに「かわいそう」と言ってしまう。

本当は不幸かどうかなんて分からない。目に見えている病気や障がいで幸せか不幸せかなんて決まらない。
相手をちゃんと知ろうとしない。共感しようとしないために「かわいそう」は生まれるのかなと思います。

「かわいそう」は言うのも思うのも良くないと考えます

なので私は「かわいそう」と言うことも思うことも望ましいことではないと考えています。
(追記:ただ、試行の途中の段階で「かわいそう」と思うことはあると思います。詳しくは次の記事を見てください。)

お見舞いの人や外出先の赤の他人は、ぱっと見て「いっぱい点滴に繋がれてかわいそう」「歩けなくてかわいそう」と思ってしまう。本来なら別に点滴に繋がれていようが、歩けない状態だろうが、みじめでもふびんでもなんでもなく、闘病しながらも毎日幸せを感じて立派に生きているかもしれないのに。

カズマのつるつるになった頭を見て知らないおばさんが「病気になってかわいそう」と言う。
同じ頭を見て「気持ちいい」と撫でる子どもがいる。「ジャガイモ」みたいと笑う子どもがいる。

同情するくらいならただありのまま接してもらう方がよっぽどありがたいです。

2019.8.24 いとこ全員集合

「かわいそう」という言葉に苦しんだ例、思いをピックアップ

「かわいそう」と声を掛けられて辛い思いをした経験や思いをInstagramのコメント欄やDMなどから抜粋して挙げていきます。

  • 病気が分かった時から現在に至るまで数年にわたって言われ続けて、そのたびにいら立ちを覚えていた。
  • 「かわいそうに」が一番つらい。母から「かわいそうなのはあなたじゃなく、あなたを見てかわいそうとしか思えない相手」と言われ救われた。
  • 「かわいそう」と言われることとお見舞いに来て泣かれること、悪気はないことは分かってるけどしんどかった。
  • 母親がお見舞いの度に息子に「かわいそう」。息子が「自分はかわいそうなのか」と思ってほしくなくて母親に言わないように伝えたが悪気はないからか直らなかった。
  • 入院当初主治医より「本人はかわいそうと思っていない。かわいそうという言葉をかけてはいけない。かけると自分はかわいそうと思ってしまう」と教えてくれた。
  • 闘病中のチューブをつけた1歳の子どもと外出すると「かわいそう」「あんな子を連れだして」と言われた。
  • 十代から散々言われてきた。上から目線の他人事としての感想、同情は要らない。悪気はないということは分かっていても、全くいい気はしない
  • 「かわいそう」と言われるといろいろ考えてしまって辛い。「がんばってね」も何とも言えない気持ちになる。
  • 母親がとっさに「かわいそう」を言う。「頑張って」も嫌。軽く言うなと思う。
  • 義理の母に「かわいそう」と言われる。きょうだいにも言われる。そのたびにモヤっとイラッとする。
  • 「かわいそう」は嫌。飲み会の席で「この人苦労してるんだよ」と紹介され嫌な思いをした。辛い体験はしたが、子どものことを苦労だとは思っていない。
  • 入院中も今も義理の母によく言われる。全然かわいそうじゃない。小児がんの子どもたちはみんなかわいそうなんかじゃない。
  • お葬式で会葬者から「かわいそう」と。かわいそうじゃない。立派な人生だった。褒めてあげてほしい。
  • 民生委員の訪問で「かわいそう」と言いながら泣かれる。明らかな同情。「かわいそうな子」じゃなくて「がんばり屋のかわいい子」と見てほしい。
  • ボランティアさんが常々「こんなに小さいのにかわいそうに」と。あなた達のその言葉がかわいそうな子にしてますよ。

どれもこれも切実ですね。

特に啓発した方が良い対象となる人をピックアップ

ネットやInstagramで経験談を見ていると、様々な人がいますね。

母や義母など身近な人、たまたま出会った全くの赤の他人、ボランティアさんや民生児童委員など関わることが多い人、お見舞いに来てくれた友達や親戚、葬儀の会葬者など。

中でも啓発した方が良いのは闘病中の方や家族に接する機会の多いボランティアさんや民生児童委員かなと感じました。

また病院にお見舞いに来る人にも啓発した方が良いと思いました。

それから葬儀場も。

なので啓発場所は病院、葬儀場、ボランティアさんの会合、民生児童委員の会合でしょうか。

プロジェクトの内容

フライヤーを作成し配布

フライヤー案を作成しました。まだたたき台ですので、ご意見いただければ幸いです。
(これだけでは情報が少ないので、裏面に「かわいそう」で苦しめられた声を載せようかなとも思っています。)

STOPかわいそうフライヤー 2

(2案作ったのですがフライヤー1は没にしました。)素人がネットを使って作ったのでセンスのかけらもないですね。もしデザインから協力してくださる方ができたら嬉しいです。協力してもいいよって方がいらっしゃったら私までメッセージください!InstagramやFacebookやお問い合わせページからでも構いません。よろしくお願いいたします。

フライヤーはホームページ上でダウンロードできるようにして、だれでも使っていただけるようにしたいと思います。
ただ、居ないとは思いますが、これを例えば酷いこと言われた家のポストに入れまくるなど悪用されたらと思うとやめた方がいいのかなとも思うのですが、どうなんですかね?

配布場所は上で挙げた場所に掛け合ってみたいと思います。

また、できたフライヤーをSNSで拡散してもらうことも大切かなと思いました。

他にどんなことができるか思いついてません。何か思いついた方教えていただけたら嬉しいです。

「かわいそう」と言葉をかけるのはいつだって避けるべきでは

どんな人にも接したときに「かわいそう」と思わない方が良いと私は考えますが、突発的に「かわいそう」と感じてしまうことは仕方ないことかもしれません。

でも、「かわいそう」と伝える必要はまったくありませんよね。

「かわいそう」と言われた側には辛い思いをする人がいます。悲しむ人がいます。苦しむ人がいます。
そこに悪意のあるなしは関係ありません。全ては受け取る側の目線で考えるべきです。

「かわいそう」と言われて嬉しい人が居るとしたらどんな状態の人でしょうか。
自分のことを「かわいそう」と思っている人は「かわいそう」と言われたとき【同情】ではなく【共感】になるので、もしかしたら嬉しいのかもしれません。でも「自分はかわいそうな人」と思っている人ってそうはいないのではないでしょうか。
それ以外では私は思いつかないので、思いつく方はコメント欄で教えていただけたら幸いです。

「かわいそう」以外にかける言葉が見つからないと言う場合、もう少し、もうちょっとでもいいからその人のことを知ろうとしてみてください、共感しようとしてみてください。求めている言葉が見つかるんじゃないかなと思います。

ネットサーフィンしたり、SNSをチェックすると「かわいそう」被害者は結構たくさんいらっしゃいます。少しでも辛い思いをする人を少なくしたいなと思います。

読んでいただきたいありがとうございました。
共感していただけた方はそのお気持ちをコメント欄で教えていただいたり、SNS等でシェアしていただけますと幸いです。
また、私とは違う考えをお持ちの方も、是非コメント欄で教えていただけたら幸いです。わたしも思うまま書いていますので間違い等指摘していただけたら大変ありがたいです。
よろしくお願いいたします。

コメント

  1. まゆ より:

    こうちゃんと考えると、かわいそうって言葉使わないなぁって思う。使っても人じゃなくて虫とか動物な気がする。マイナスな要素の言葉って相手もだし自分も嫌な気分になるから、自然に使いたくないと思う。
    色々な人がいて意見はたくさんあるかもだけど、みんなが笑って幸せを感じれるように、相手を思いやりたいと思うよね。
    今日久しぶりに美容院に行ってきた。一馬と同じくらいの子どもいるスタイリストさんでいつも気にかけてくれてて、今日亡くなったの話したら、第一声がかっこいいね!頑張ったねって!充実して生きたね!って言ってくれたよ。ちょうどブログ読んでたとこだったから、素敵な人だと思った。

    • ウルトラのパパ ウルトラのパパ より:

      コメントありがと。
      若い人ってあんまり使わないかなと思うけど、うちのお母さんみたいにもう口癖になっている人も多い気がする。ニュース見てれば毎回のように言う。
      テレビは一方通行だから良いんだけど、人と面と向かってもくせになってる人は「かわいそう」とつい言ってしまうのかなと思った。
      まずその「かわいそう」思考から共感思考にしていくことが大切なんだけど、自分の母を見てるとそれはなかなか難しいかなと思うからとりあえず人に「かわいそう」と言うのをヤメてほしいなと思ってる。
      その美容院の人素晴らしい。その人はこのブログ読んでないんでしょ?カズマの最期をまゆが色々伝えてその反応だったんだ。素敵な人だね。

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