【葬儀】カズマの人望を感じました。カズマ、愛されてるね。幸せだね。

日記(カズマとの日々の記録)

台風19号で被災された方々へ心からお見舞い申し上げます。

2019.10.14~15 日記

納棺、通夜、葬儀、告別式、火葬、精進落とし・・・

初めての喪主がカズマのお葬式とは思いませんでした。

滞りなくできたことに、ご協力くださったご住職、地域の人々、葬儀屋さん、親戚一同(特に父親)に感謝です。

長くなってしまい申し訳ございませんが、自分の備忘録的にもなるべく詳細に記載したいと思います。
葬儀の流れは地域色が強いようですので、この流れはあくまで参考までに。

準備、打ち合わせ

葬儀屋さん、隣保班との打ち合わせ

10/11 朝から葬儀屋さん、親戚、隣保班の皆さんへ連絡しました。葬儀屋さんと電話で通夜、葬儀の日程を決めました。

葬儀屋さんと隣保班の皆さんがすぐに来てくれてこれからの流れを話し合いました。
葬儀屋さんが今後の予定表や喪主チェック表などを作ってきてくださり初めてでも分かりやすいようになっていました。隣保班の皆さんの役割が通夜、葬儀の受付と決まり解散になりました。

葬儀屋さんとはその後も打ち合わせを続けました。
祭壇の生花の数、親族が出す生花や盛かごの種類や数、清めの席の料理の種類や数(2回分)、献杯の挨拶をする人(2回分)、会葬礼状の内容、遺影の写真、入口付近に設置する写真(スライド)、喪主挨拶、骨壺、新聞のお悔やみ欄の掲載について、納棺時に入れたいもの、等、決めなければならないことが盛りだくさんで、かなり父や妻を頼りました。

最愛の人の死に打ちひしがれているところにこの仕事量。喪主は悲しんでいる暇などありません。気が張り詰めました。でもそのおかげで前を向いていられました。

担当の葬儀屋さんがとても良い方で、一日に何度も足を運んでくれて、丁寧に説明してくれて助かりました。その方もお子さんを幼くして亡くされた経験があるとのことでとても親身になってくださいました。

意外と大変だったのが新聞社からのお悔やみ欄の掲載確認の電話でした。遺影の写真やスライドの写真を決めたり、清めの席に出席する人数を確認したりと動きたいのに、各新聞社5,6社からお悔やみ欄掲載についての電話が何度も鳴り、同じ内容を聴かれるので大変でした。もう一度確認と2回電話してきたところもありました。すでに各新聞社へは葬儀屋さんから情報が行っているのでもう少しやり方ないのかなとちょっと思ってしまいました。

会葬礼状の内容はテンプレートのものを使うと無料なのですが、オリジナルの内容にする場合2万円かかるとのことでしたが、オリジナルの内容にしました。
こちらで作文するのではなく、電話で故人についてのインタビューを受けて作成してくれるとのことで、すぐにそのインタビューを受けました。その日の夕方にはたたき台を持ってきてくれ、内容の変更を2回ほどさせてもらって完成しました。

祭壇は生花は最小限に、余ったスペースはウルトラマンや怪獣のフィギュアで埋めることにしました。カズマらしい祭壇になりました。遺影もかなり悩みましたが自然な笑顔の写真を選びました。ブランコこいでいるところの写真なのですが、合成技術がすごいですね。飾り付けは葬儀屋さんがやってくれるとのことでしたが、自分でやりたいとお願いし、お通夜の日の朝に祭壇と入り口付近の展示スペースの飾り付けに行きました。当日会場内でかける音楽もプレゼントで頂いたウルトラマンのCDを持っていきかけてもらいました。

2019.10.14 カズマの祭壇の飾り付け
2019.10.14 カズマの遺影と祭壇中央

入り口付近の展示スペースではメイク・ア・ウィッシュで病室にウルトラマンが来たときの写真を大きく引き伸ばしてくれたものや保育園からの応援寄書き、会社からの千羽鶴、カズマの細かいおもちゃなどを展示しました。

2019.10.15 展示スペース①
2019.10.15 展示スペース②
2019.10.15 展示スペース③

住職さんとの打ち合わせ

住職さんの方から自宅へ来ていただき、打ち合わせをしました。お布施の金額、送迎、斎場への同行、お清めの席など話し合いました。

また、戒名につけるためにとインタビューを受けました。
カズマの名前の由来、どんな子だったか、印象に残るエピソードなどについて話しました。

カズマは「一馬」と書きます。「一」は長男ということと、カズマのひいおじいちゃんの命日に生まれたことからおじいちゃんの名前からもらっています。「馬」はやさしくたくましく育ってほしいという気持ちからつけました。

カズマは妹想いでやさしく、曲がったことが嫌いなまじめさがあり、とにかく活発な子でした。住職さんとのつきあいは長く、カズマを0歳から見てきているのでこの辺りは住職さんも「よくお寺に遊びに来たときも駆けずり回って階段からジャンプなどもしてたよね」とご存知でした。

印象に残るエピソードとして亡くなる二日前のいとこ達への大好きという挨拶をした話をしました。
思い出すと泣けてきて、泣きながら伝えると住職さんも一緒に泣いてくださってました。「それはすごいことですね。カズマ君はすごい子だね。」と褒めてくれました。

通夜前々日に台風19号接近

夕方には住んでいるところの上の地区が避難準備になりました。
18時ごろ暴風雨になり、まだ台風が上陸していないことを考えると今後避難勧告が出たときどうすればよいかを考えておく必要がありました。

避難所へカズマは連れていけないであろう。でもここへ残して行くわけにはいかない。式場の安置所を借りられないかということで担当の方に電話しました。
「避難になったら来てもらって大丈夫です!何時になっても開けられます!」
素晴らしい対応でした。
避難時に必要な寝具、衣類、マット、ランタン、ちょっとした食料や飲料等を車に入れて準備をしておきましたが、結局避難勧告は出ず、私たちの地域は無事でした。

納棺

親戚が集まり、通夜開始3時間前より納棺が始まりました。
葬儀屋さんの説明のもと執り行われました。はじめに手を合わせる「合掌」の意味を姪っ子たちに教えてくれました(私も初めて知りましたが)。

「左手は私たち、右手は仏様を意味しています。合掌とは私たちと仏様を合わせる、仏様と一体になって成仏を願うことです。手を合わせてお話したことはカズマ君にも届きますよ」
それからカズマに話しかける時は必ず合掌して話すようにしてます。

みんなで湯灌をしてあげ、白装束ではなくウルトラマンのパジャマで納棺しました。葬儀屋さんが住職さんに聴いてくださり「カズマ君は活発で白装束だと脱げちゃうから動きやすい格好で良いですよ。白装束は閻魔様に会う時着替えられるように持たせてあげてください」とコメントがあったとのことでした。

頭陀袋は葬儀屋さんがウルトラマンの絵のかわいいものを手作りしてくださっておりとても嬉しかったです。そこへ三途の川の渡し賃の六文銭を入れました。

白装束一式と頭陀袋を風呂敷ではなくカズマのリュックに入れました。
最後に隠し金を鬼に見つからないように頭陀袋ではなくバッグのポケットに入れました。

カズマの身支度が整ったところでお別れの挨拶をしました。「これが抱きしめられる最後のタイミングです」ということで私と妻はそれぞれ愛と感謝を込めて悔いのないようしっかりと抱きしめました。最後は私が抱きかかえながらみんなに手伝ってもらい棺に収めました。

その他に入れてあげたいものはありますか?ということでしたが、納棺の際に入れることができないものとして、缶類、ガラス、プラスチック、ビニール、眼鏡、入れ歯、雑誌などが挙げられました。これらを入れるとお骨に傷がついてしまったり、燃焼時間が長引きお骨が小さくなってしまったりというリスクが高まるとのことでした。
想像ではおもちゃに囲まれて送り出してあげたいと思っていましたが、カズマの好きなおもちゃたちはほとんど入れられないということでした。
でも、少量ならいいですよということで、カズマの一番好きなウルトラマン「ウルトラマンガイア」のソフビを右手に握らせてあげました(亡くなった日からずっと握らせていました)。

そして葬儀屋さんから素敵なお申し出がありました。
私の父が円空彫りをしているのですが、父が掘ったカズマの手のひらサイズのお地蔵様を葬儀屋さんのスタッフさんがもらって、それをもって五体投地を100回、100回、300回の計500回してきてくださったとのことです。そのお地蔵様をカズマにプレゼントしたいとのことでした。
そこまでしてくれるなんてなんて素晴らしい方なんだと思いました。カズマの愛される力はすさまじいとも思いました。

ユリナの運動会に参加してからずっと肌身離さず首から下げていた「よくがんばりましたメダル」は入れられないということが一番ショックでした。

カズマはウルトラマンになるので戦闘服は必要だろうとウルトラマンの服を4着入れました。

また、多方より頂いた千羽鶴をほどいてそれを通夜のあとに会葬者に入れてもらうことを提案し、葬儀屋さんにお願いしました。

お通夜

通夜式

お通夜の日は祝日で、翌日の葬儀より会葬者が多いであろうという予想でした。
そこで通夜でも通常の葬儀とほとんど同じ流れで行っていただきました。

会葬者は全部で130人超。親族や地域の人、私の会社の同僚や恩師、私たち家族それぞれの友達、群馬の病院と東京の病院の看護師さん達、同じ病棟のお友達やそのご両親、Instagramでつながった方など本当に多数の方に来ていただきました。弔電やお花も全国からたくさんいただき、本当に愛されている子だなと実感しました。
東京の病院の看護師さんは、以前カズマが車イスに乗っていた時に足が浮腫まないように足台を作ってくれたのですが、それを加工してプレゼントボックスのように素敵に仕上げて持ってきてくれました。また宝物が増えました。

 

初めての喪主ということもあり、気持ちが張り詰めていて、緊張していたと思います。多くの方が泣いて悲しんでくれましたが、私は式をちゃんと遂行しなければという気持ちの方が上回ってしまっていました。

それでも、お別れの言葉(弔辞)でいとこ達がカズマに手紙を読んでくれて最後の「カズマ、大好きって言ってくれてありがとう。私も大好きだよ。」には涙を流さずにはいられませんでした。

また、最後お焼香をしてくれた会葬者と挨拶するときに後輩の一人が「辛かったですね…」と抱きしめてくれた時も我慢できませんでした。今後友人が喪主のお葬式に行ったときは必ず抱きしめてあげようと思いました。

喪主挨拶では、カズマが約1年間闘病生活をしたこと、病院でも愛されていたこと、最期いとこ達に大好きと挨拶できたこと、日本中から応援されてきたこと、そして感謝されていること、ウルトラマンになることが夢でこれから次の世界では立派なウルトラマンになることなどをお話ししました。

ご法話

通夜式後、親族のみになり、住職さんのご法話がありました。
ご法話ではカズマの戒名の説明がありました。

戒名は「一超善童子」。「一」はそのまま一馬の一から取って。「超」は辛い治療や痛みに耐え抜けるすごさ、最期の時に残された人へ挨拶できる心、普通の4歳を超越しているということでした。

私もカズマのすごさは感じていました。治療や痛みに耐える我慢強さということもそうですが、単純に能力が高いなと思っていました(親バカですが)。ウルトラマンに関しての知識、記憶力はすごかったです。どの怪獣はどのシリーズに出てきて誰と闘ってどのように倒されたか、自分が持っている怪獣(60体ほど)は全部言えていたと思います。ウルトラマンもバージョンがたくさんあると名前を覚えるだけでも大変なのに誰と誰の融合で何になるとか全部分かってました。googleやYouTubeで音声検索を使いこなしどんどん知識を高めていました。ひらがな、カタカナは全て読めるし、漢字もだれにも習ってないのに簡単な漢字(水、火、土、風、剣などウルトラマンに関するものですが)は読めました。多分、おもちゃに書いてあるのと、音声検索した後に出てくる漢字を見るからだと思います(自分で言って意味が分かった上で漢字を見るのが良いのでは)。また、病院にお見舞いに来たじいじを「帰り気を付けてね」と気遣うことができたり4歳らしくないところは多々見られました。

とても「超」は合っているなと思いました。

次に私たちへ慰めの言葉として、「カズマ君は実はお地蔵様で、お地蔵様が現世にちょっと遊びに来てまた帰っていったんじゃないか。4歳離れした言動も、実はお地蔵様だったからということかもしれませんね。私はそう思います。」ということもおっしゃられました。

亡くなった翌朝みたカズマの顔は仏様やお地蔵様そっくりで、とても徳の高い顔をしているねとみんなで話していました。それもあってか、とてもしっくりきました。これから道端などにいらっしゃるお地蔵様を見つけたらカズマに似ていないか見て、似ていたらカズマの好きだったお菓子などお供えしたいと思いました。

ご法話のあと、外で待っていてくださった会葬者の皆様にもう一度入ってきていただき、カズマの棺の中に折り紙の鶴を入れていただきました。みんな「安らかに寝ているようだね」と言ってくれました。

お清め

お通夜のあと、お清めを1時間ほど行いました。

お酌をして周っていたところ、親族から「今日はお清めだから飲まないと」とお話がありました。
カズマが白血病を再発し、容態が良くなくなってからは断酒をしていました。ほぼ毎日神社に通って「カズマが治るならお酒は一生飲まない」ことを氏神さまに約束していました。この日も飲むつもりはなく、カズマのことが落ち着くまでは飲むつもりはなかったのですが、「お清めだから」という親族の言葉で飲むことに決めました。
久しぶりでしたが気が張り詰めており全く酔いませんでした。

自宅に帰ってからも家族で続きをしました。帰ってからは気もほぐれて、カズマのことを話し、泣き、笑い、遅くまで家族で飲みました。

葬儀・告別式

葬儀はお通夜より人は集まらないんじゃないかと思っていましたが、少し少ないくらいで2日連続で来てくださった人も結構いらっしゃいました。
来れない人の分までご香典を預かって来てくれた人がたくさんいて、2日間で頂いたご香典の数は270にも上りました。本当にカズマは愛されているなとこの時も再確認しました。

葬儀ではお通夜の時よりも気持ちがほぐれていて、来てくれた方を入り口でお出迎えしているときから我慢できないところがありました。

喪主挨拶でもお通夜の時と内容はほとんど変わっていないのですが、気持ちが入り泣きながらの挨拶となってしまいました。いとこ達の弔辞もとても上手でした。会場も葬儀の方が泣いている人が多かったように感じました。

お通夜と葬儀の一番の違いはユリナでした。
お通夜の時は初めから最後までほぼ寝ていたユリナですが、葬儀では元気いっぱいで、一時期のカズマが乗り移ったかのようでした。会場内を動き回るわ、祭壇のウルトラマンを取るわ、動画が見たいとぐずるわ、大変でした。
後から住職さんに聴いたのですが、ユリナが騒ぎ始め住職さんの後ろを駆け抜けた時、ちょうど引導を渡す時(この世からあの世へ渡す時)だったとのことです。住職さんはユリナちゃん分かったのかなと思ったとのことです。やはりユリナもすごい子です。いや、本当にカズマが乗り移っていたのかもしれません。

初七日法要も繰り上げて実施し、その後家族だけでお別れの時間を過ごしました。
お花を棺に入れながらカズマのほっぺを触るとぷるぷるで柔らかかったカズマのほっぺが、抱き上げたときに頬ずりすると最高に気持ちの良いほっぺが、もうカチカチに硬くなっていました。
これからも心はずっとそばにいると思っていますが、温かくて柔らかいカズマはもう居ないんだなと実感しどうしようもなく寂しくなりました。

その後、親戚、会葬者の皆さんに入ってきてもらい、最期のお別れをしていただきました。お花でいっぱいになった棺に妻のお友達が今度持っていくと約束した消しゴムのおもちゃを入れてくれました。ずっとカズマが欲しがっていたイチゴのシロップのかき氷とエビフライで、カズマが食べた最期の食事のメニューでした。いとこ達もカズマがのど乾いた時用のコップとお水を折り紙で折ってくれ、カズマの似顔絵を書いた紙と一緒に入れてくれました。

その後、葬儀屋さんからプレゼントで、カズマが途中でお腹が減らないようにと、ごはんとエビフライを用意してくれました。家族みんなでおにぎりをにぎってエビフライと一緒にお弁当箱に詰めて、葬儀屋さん手作りのウルトラマンの生地で作ったお弁当入れに入れて棺へ入れました。心温かいサプライズプレゼントにみんな涙しました。

カズマに声をかけながら蓋をみんなで閉めて霊柩車へと運び出しました。カズマの一番好きなウルトラマンの曲「ウルトラマンガイア」にのせて。

火葬・精進落とし

火葬

火葬室に入り、本当に最後のお別れです。みんなでカズマの顔を覗いてお別れをします。

炉に入っていく棺を私は見ていられず、ずっと手を合わせながら目を瞑って「ありがとう」「大好きだよ」「ずっと愛してるよ」を頭の中で繰り返していました。

目を開けるともう扉は閉まっていました。

精進落とし

火葬中は別室に案内され精進落とし(お清め)を行いました。
お願いしていたお料理の他に、また葬儀屋さんからプレゼントがあり、カズマの大好きだったエビフライを一人2本ずつつけてくださっていました。本当に何か何までお心遣いが素晴らしかったです。

精進落としではお酌で回った後、住職さんと長く話せました。
「名は体を表すとは本当にその通りでカズマを見ていると入院前まではそこら中駆けずり回ってでケガが絶えずじゃじゃ馬でした」と話していると妻が「今思えばどこか生き急いでるように感じた」と。妻が話すエピソードは私の知らないものが多く、よく考えたらカズマが入院するまではカズマと一番一緒に居たのは妻だったんだなと思いました。カズマが病気になってカズマとずっと一緒に居られたことは幸せだったなと改めて思いました。

最近はユリナがカズマみたいにじゃじゃ馬になってきていることを話していると隣に座っていた父の兄が「優里南(ユリナ)の【南】と言う字は【馬】と同じ意味にとれるよ。干支で考えれば1番目の【子】を北に位置すれば南の位置には【馬】が来る。馬は方角でいえば南なんだよ。」と。合点がいきました。ユリナにカズマと同じ意味の漢字が入っていたことに嬉しく思いました。カズマの思いをユリナが受け取ってくれているような気がしました。

骨上げ

火葬が終わり、骨上げ(骨壺に収めること)を行いました。

カズマはPET検査では全身の骨が光っており、全身の骨に病変があったので心配していたのですが、ちゃんと骨は残っていました。ただ、痛みが強かった膝周辺の骨や上顎骨は見つけられませんでした。

骨を見て「こんなに小さいんだね」という声が聞こえてきました。大人の骨と比べたら確かに小さいです。子どものお葬式なんて経験したことある人は本当にわずかだと思います。私もそうですが、ほとんどの方が子どもの骨を初めて見たんだと思います。
骨を見て「こんなに小さな体でたくさん頑張ってくれたんだな。すごいなカズマ。」と改めて思いました。

いとこ達は「これカズマ?なんで焼いたの?」と不思議がっていましたが、箸で二人で一組になって骨壺へ入れる作業を不思議がりながらもやってくれました。

骨壺に収めた後、受け取り、挨拶して解散となりました。

おわりに

カズマが亡くなって今日まで、子どもたちが私のことをずっと構ってくれます。くっついてきてくれて、いろんな遊びに誘ってくれます。義理の兄が言っていましたが、一番上の姪は「ウルトラのパパはカズマがいなくて寂しがってるから一緒にお風呂入る!」と言ってくれたみたいです。ユリナやいとこ達は誰が一番寂しがっているのかを敏感に感じているようです。

ユリナも最近はずっと「ユリナのママ」「カズマのパパ」と言って役割を分けていて、私を呼ぶ時「カズマのパパ」と呼んでいましたが、今日は「ユリナのパパ」と言ってくれました。

いつまでも寂しがっていてはいけない。カズマが心配する。みんなが心配する。しっかりしないとと思います。

ユリナは仕草や表情が本当にカズマに似てきました。口調もそっくりです。名前も共通点があることが分かったし、誕生日も一緒だし、やっぱり通ずるものがあるのではないかと思います。周りの大人がそう思いたいだけなのかも知れませんが。
カズマのことを私たちは忘れませんが、ユリナも忘れずにいてほしいなと思います。
カズマというやさしい自慢のお兄ちゃんが居たことを忘れないでほしいです。

そこで、私たち夫婦とユリナの分として、3つ遺骨ペンダントを作ることにしました。
カズマと一緒に居たいという私たち夫婦の気持ちと、ユリナに忘れないで居てほしいという気持ちからです。

昨日、一連全ての儀式が終わりました。
これを書いている今日もまだ少し気が張っているので気が緩んだ後疲れがどっと出そうです。

カズマはお地蔵様に連れられて修行に励みます。そこで住職さんの提案でもあるお地蔵様の週である35日法要を行う予定です。そこでお棚上げとなる予定です。

また、家のお墓はあるのですが、カズマのためにお地蔵様を立てる予定です。
明日墓石屋さんと話し合いです。

またいろいろと決まったらブログやインスタにあげたいと思います。

ここまで長い文を読んでいただきありがとうございました。

2019.10.16 自宅の祭壇

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